読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夢とうつつの夕時雨

ぐらぐらな僕を素敵にしたい

今後

どうも、定期的に考えをぶちまけないとやっていけない人です。ノートに適当に書いてきた物を、公開することによってぶはっwwwとかふざけた言葉を使わないようになるかと思い、ブログという名の日記を始めます。であるからしてこれは完全なる内輪ネタです。誰も読まないとしても、誰かがいつか見る可能性はあるというふわふわとした緊張感があればそれで僕は満足なのです。

まず、最近考えたこと。今までずっと小さい頃から寮生活をしてきたのですが、今年から両親と一緒に暮らすことになり、自分の人間性が堕落する傾向にあります。それは何故なのかと自分なりに食事中にプラプラと考え、監視する他人がいないからだという結論に至りました。僕は他人に嫌われることを一番避けたいこととして順序付けしているのです。それは他人のためにするサービスとか他人を傷つけたくないとか優しい物ではなく、大げさに言えば他人がインフラとして機能しなくなれば僕が困るからなのです。しかしこんなことを書いて置きながら他人に受け入れてもらいたくて、理解されたくて仕方がなく、何か指摘されるとすぐに傷つく臆病者でもあります。むしろ中二病をこじらしている愚か者なのです。この懺悔のような文章も、きっと他人に好かれるために書いているのかと思うとつくづく僕はダメなやつだと思います。

まあ考えてみればブログも他人からの評価を求めてやっているものであるから、根本的には違いはありません。でも少しでもそれから離れるための考えをまとめることを自分に強制するという理由で書くのは良いかあ、むしろ何もせずにだらだらと実況動画を豚のように見るよりはよっぽど良いです。

ではどうすれば僕は自分の人間性を保てるか。そもそも僕の言っている人間性というのは、自らの探求心から知識を追い求め、動物的な欲望ではなく知的な欲望を満たし、論理的にいつも考えるということです。いつまでも僕を律してくれる他人に頼っていることにより、未来につらい思いをするのは言語道断です。そこで解決策として考えたのは、自分に恥じる、つまりは強い理想を思い浮かべながら行動することで、この人だったらこう発言する、こういう仕草をする、と徹底的に自分を理想(人間性の高い人)に近づけることです。問題は、誰を理想として設定するかです。今までこの人かっけえ!と思った人をコロコロ変えて3年間ほど過ごしてきましたが、最近はそういう人のことをかっこいいと思えなくなり、その効果も切れてきています。うううどうしたらいいのかわからん。

このままでは部屋が汚い、宿題をやらない、くそみたいな人間になってしまい、母親のストレスゲージが限界を超えて僕のせいで家庭崩壊してしまいます。それを姉に咎められるのが一番ねちっこくて面倒くさい。なのでどうにかしなければ。僕はいつも母親にくよくよ悩む前に行動することが大事だと説教されているのですが、性格的に考えてそれはやめておこうと思います。こういうことはちゃんと結論を出したほうが僕にとっては効率が良い。

ということでそろそろ寝なければまた怒られて面倒なことになる。僕は何事も怒られないとやらない小学生か。すてきな人間になりたいです。

おわり