読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夢とうつつの夕時雨

ぐらぐらな僕を素敵にしたい

S.A.C.

攻殻機動隊S.A.C.で、オリジナルの不在が、オリジナルなきコピーを作り出す現象について笑い男が話していましたが、僕は全く理解できなかったので、今日一日中暇があればこれについて考えました。それでもわからなかったので、人から意見を聞いてみました。

まず、なぜタチコマ全機が情報を並列化して、ある少女について会話している際に誰がオリジナルなのか、つまり誰が実際に経験したのかを思い出せなかったのに、バトーさんがタチコマを呼んだ時に一機だけが答えたのかについてです。詳しくはわかりませんが、A.I.のコードを書いたプログラマが、タチコマ一機一機に番号か、何らかの並列化とは独立した識別方法を入れたと考えられます。その少女と過ごした時間の情報を主観として並列化しているので、誰がオリジナルなのかはわかりませんが、バトーさんがいつも乗っているタチコマは何番機だ、という情報があればそれに該当するタチコマが答えるわけです。もしくは並列化する時に、コンマ何秒という時差が発生し、一番情報を早く持っていた機体がオリジナルだという識別がなされる。しかしこの仮説で行くと、バトーさんに答える全機の機体の中で一番早く返事をするタチコマがオリジナルだ、ということになってしまうのではないか、ということであまり納得できません。いや、別に情報が遅くインプットされたからといって処理速度が遅くなるわけではないのか、よくわかりませんな。そして最後に、物理的な個体差から識別できるということです。バトーさんはあるタチコマだけに天然オイルを入れていました。そのオイルが関与して本来システムが作動すべきではない時間に作動したのではないか、という回もありましたし。でも情報が並列化され、全機が天然オイルをもらったという認識をするのではないか。でももしかしたらチェックか何かで一度は天然オイルをもらったという認識をするが、でもそれは違う機体だと再認識するのかもしれません。

以上の三つの仮説が考えられましたが、それで何なのだ?となります。早く僕も電脳化したいです。

そこでオリジナルの不在がオリジナルなきコピーを作り出す、という現象は情報の並列化ができない今でも当てはまるものはないか、と考えました。文学の授業で、象徴について先生が話していたのですが、例えば暖かさが詩に出てきたら、それは愛を象徴しているという話を聞いて、ムカっときました。リア充爆発しろ、という意味ではなく、愛を日頃感じている人、つまり恋人同士はよく身体的に接触しお互いの体から発せられる暖かさを相感じるからだという勝手な常識にムカっときたのです。つまり恋人がどういう行動に出るのかを知らない人には、その常識は通用しないというわけです。常識はある意味では情報の並列化といえるでしょう。まあ、それ以前に言語が情報の並列化なのですが。それで、今はタチコマより遥かに個体差を識別できますが、一つのオリジナルは常識となり、オリジナルが複数出来上がる。そしてもうオリジナルとは呼べない代物になります。そこで、オリジナル以上の表現が出来上がる可能性がその詩を読んだ一人一人に出来上がるのです。笑い男事件のように。

まあよくわからないのですが、笑い男はかっこいいですね。僕も引用をたくさん用いて会話してみたいです。でもそれはあくまで内輪ネタなので、内輪の人と話さねば何言ってんだコイツとなるだけなのでしょうが。厨二病を最大に発揮して赤いハンチング帽をかぶってみようかなあ。