夢とうつつの夕時雨

ぐらぐらな僕を素敵にしたい

20160802

また一日平和に過ごせました。おめでとう、僕。

 

今日は昨日と同じように授業に出て、色々と嫌な事を体験し、昼に鳥南蛮を食べ、病院にあった少女漫画を読み漁って家に帰りました。家に帰るとスマホをいじるだけの人と化してしまうので、意識して本を読み始めた途端に1時間ほど眠ってしまいました。僕と同年代の人は今頃大学か、あるいはがむしゃらに情報や戦略を頭に叩き込んでいるのかと思うと、僕は60歳ぐらいにぼけ始めるんじゃないかと思えてきます。夜は両親と一緒にご飯を食べに行きました。割と幸せな日だったかもしれません。

精神状態はよっぽど強い人でなければ環境に影響されるので、僕は環境をできるだけコントロールするように生きていかねばな、と思いました。夏に熱い担々麺を食べた後にすごくイライラして気持ち悪くなったり、車でスマホをいじり気持ち悪くなったり、クラスメイトにすぐ後ろで大声を出されて苦しくなったり。書いていて単に僕が甘ったれたバカなだけな感じがするのは否めませんが、妄想をして仮想現実に住もうとしてもできないことはできないので、僕は生きやすさを自分で開拓していかねばならないのだと実感しました。なのでまず、大学は涼しいところでないと勉強なんてとてもできない。北海道に生まれたかった。

僕はとりあえず僕のことだけを考えるようにしています。他人のことを考える前にまず、自尊心を育てなければならないのです。その一環として、おしゃれをして形からの自尊心を得ようと思ったのですが、ファッションというのは結構カテゴリが明確に定まっていたりして、他の人が着ている写真を見てすんなり受け入れられても、自分が着るとなるとどうしても違和感がぬぐえないことが良くあります。人類が歴史を重宝するようになったのはつい最近のことで、ルネッサンス以前はローマの彫刻だろうがギリシャの柱だろうが、自分の家を作るのに必要な材料であれば切り取って自由に使えたという話を聞きました。きっと新しい服に大しての違和感が生じるのは、僕の歴史と現在を総合的に比べて、これはあまりにも新しいと警告を出しているからなのかな、と思いました。あるいは、僕は思っているほど自我の認識が強くなくて、他人中心に考えが回っているのやもしれません。まあ、服以前に痩せなければ話にならないのですけれど。

ということで、やせます。

良い夜を。