夢とうつつの夕時雨

ぐらぐらな僕を素敵にしたい

20160806

今日は中華系の仏寺を見に行きました。建物はおぼろげに覚えている千と千尋の神隠しに出てきそうな、きらびやかな色と構造で作られていたので、暑くて気分が悪かった中でも、結構面白いと思えました。佛陀博物館みたいなものがお寺の中にあって、雫の形をした入れ物に小さいつぶつぶがいっぱい入っていて、なんだろと思って見たら、「佛陀の脳みそ」とか「佛陀の髪の毛」と書かれていたので、うげっとなりました。信仰ってこんなにも違う解釈がされてしまうんだ、とちょっと悲しくなりました。自分の宗教ぐらい知っておこうと思って、考え方としての原始仏教をかじった程度ですが、このお寺に通っている人が思う悟りが全く別のものなんだな、という気がしました。悟りとはもっとこう、静かに体中から押し寄せる情報の波みたいなんじゃないか。そのお寺では瞑想できる場所ををすごくうるさい所に設置していました。少しもったいない。

 

言壺という本をよんでいます。言葉は世界を構築している。独我論みたいになりますが。学校では言葉ばかり重視されているので、ある日突然、作中のように匂いで情報伝達したほうがダイレクトで世界的に見て効率が良い、今日から匂い言語を使うことを国連が取り決めました、みたいなことがあったら楽しそうです。でも僕は嗅覚がすぐれていないので、今でいう識字障害があることになってしまうのかな。価値観がガラッと変われば、覚悟や意識も強くなれるかな。それとも挫折するかな。全世界にありとあらゆる匂いが充満し、日本中のプラズマクラスターは緑のライトを赤に点滅させながら常にフル稼働しなくてはならなくなる。人工知能搭載型の空気清浄機はもはや何が無臭で、何が正常なのかがわからなくなり、もっとも匂い言語の影響が少ないと考えられたおばあちゃんちの匂いが無臭とされ、世界中に金木犀の匂いがばらまかれる、みたいな。

金木犀って、いい匂いですよね。

そんなこんなで、終わります。

おやすみなさい。