夢とうつつの夕時雨

ぐらぐらな僕を素敵にしたい

20160812

正座を20分かそこらしました。日本の仏教で正座をするのは、精神を鍛えるためとか、正座から解放されたときに血が流れることによって得られる軽い酩酊感があるからとかなのでは。制御された痛みがあると、生きていると実感します。長時間の正座をたまにするのは精神の安定には良いかもしれない。なにせ僕はランニングとかそういう事はからっきしなので。

小さいころからお世話になっている人と食事をしました。親以上に表現された愛を感じて、本来うさん臭さを感じるところでしたが、すごく有り難かったです。なんていうか、他人に認められなくても、無条件に、あるいは自己満足のために僕のことを愛していると表現してくれる人がいることだけで、他は要らないと思いました。本質的な愛を語らない時点で僕はひねくれているのだと思いますが、相手に本質があるなんてことはもう解りようもないので、表現だけで僕は満足です。僕自身にすら本質的な愛はない。いつもゆらゆらと天邪鬼です。

姉とまたけんかをしました。もう慣れてしまって、だめです。僕が偉そうに自分で証明できていないことを高尚な思考のように彼女に向けて怒鳴ってしまったのですが、それはやはり僕にとっての理想や正義なのであって、姉には姉なりの人格や相性があり、押し付けてしまったのは良くないと反省しています。姉はイライラすると他人に理解を求めるので(女だなあ)、理解を求めてくるのはうざい、イライラすらなくすことが良いと言ったのですが、うざいと言っている時点で僕はできていないし、僕はまだまだだなあと思います。

精進したいです。

また明日。