夢とうつつの夕時雨

ぐらぐらな僕を素敵にしたい

それっぽい題

何か生産的なことをしなければと思い、とりあえず日記を書くことにしました。ノートに日記を書こうと思ったのですが、ペンを動かすことに疲労を感じたのでやめました。それに世の中に発信している方がなんだか書けると思いました。

昨日今日とただ生存しているという感じです。ツイッターをみたり、ゲームをしたり、例の猟奇殺人のニュースを読んだりと、精神的によくないことをしていました。魂の80パーくらいが抜けてしまったような。無力感に押しつぶされそうだったので30分昼寝をしようとしたら、無意識的にアラームを止めて1時間ほど寝てしまいました。

僕は何が好きなんだろう。何に夢中になれるだろうか。例えば絵に没頭しすぎる天才にお金と時間とスマホと食べ物と生活用品を与え続けたら、何もしない人間になるだろうか。

無条件の愛情とは存在するだろうか。僕の親の場合、愛情に関してはとてもよくできた親だと思うけれど、例えば僕が落ちるとこまで落ちても、変わらずに愛してくれるのだろうか、と考えていました。親がもつ愛情は、自分の子供だからとか、自分が産んだからとか、将来立派に育つはずだからとか、条件がかなりあるのではないかな。無条件はただの言葉の綾でしょうか。そんな菩薩のような人がいたらその人はもう人間ではなくなっているだろう。ライオンが子を崖から落とすのが愛と言うのなら、愛を試すことは本当に無意味なことだ。きっとただそこに関係があって、人はそれに左右されるという事実しかないのだろう。人生、何かしらをやるしかない。

卵子が受精する前から人生をやり直したい。光いっぱいの青春の話とか、音楽とかを聞いていると、胸が苦しくなる。胸が苦しくなるだけ希望は残っているのかな。僕は堂々と根暗なバカとして精一杯高校生活を送ってきたつもりだった。友達と本気で遊んだり、恋愛などしない、人と極力関わらずにアニメをみる、など自分が一番生きやすいようにルールを作っていた。絶対に後悔なんかしないだろうと思っていた。今も後悔はしていないけれど、生まれ直したいと言う気持ちが出てきた。友達や恋人を作るのはリスクがあるから、やらなかっただけだろう。それが僕の当時の性格を鑑みて最善策だった。他人との関係を自然と構成できる人は、生まれつき人生勝ち組なのでは。自暴自棄すぎるだろうか。

なんでこうなんだ?と言う疑問しかない。人生よろしくない。何も楽しくない、何も生産的なことをしていない、生きている意味がない。でも死なない。悪魔が来るのを待っている。